第97回箱根駅伝予選会は、2020年10月17日に陸上自衛隊立川駐屯地で開催され、筑波大学は、総合タイム10時間34分17秒で11位でした。予選通過に18秒及ばず、2年連続の本戦出場を逃したことは痛恨の極みです。
学生たちは精一杯の走りをしましたが、僅かに及ばず、非常に悔しい結果となりました。多くの皆様にご支援とご協力をいただいていることから、連続出場を叶え、皆さまと共に喜びたかったのですが、それができなかったことは とても残念でなりません。
コロナ禍の厳しい社会状況の中で、万全の感染症対策を講じ、箱根駅伝を目指している学生たちのために、第97回箱根駅伝予選会を開催いただいた関東学生陸上競技連盟と関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
感謝の気持ちを胸に戦った第97回箱根駅伝予選会について、駅伝監督から報告と思いをお伝えさせていただきます。
第97回箱根駅伝予選会を戦い終えて
~夢を叶えて目的を達成するプロジェクトの未来へ~
筑波大学 陸上競技部コーチ
男子駅伝監督 弘 山 勉
コロナ禍で大会の舞台設定が一部変更され開催された第97回箱根駅伝予選会。大会当日の天候は崩れ、雨で気温が12度という昨年とは真逆の気象コンディションとなった。加えて、陸上自衛隊駐屯地の平坦な滑走路を周回するコース設定である。一体、どんなレース展開が待ち受けるのか、どのくらいペースが速くなるのか、予測するのは正直難しかった。
大会前、学生たちと導きだしたレース予想は、「10時間40分(一人平均1時間4分00秒)は切るだろうが、どこまで速いタイムを想定したらよいのかわからない」という漠然としたものに。そのくらい未知数のレースであったが、高速レースになることは間違いなかった。
問題は、筑波大学の学生たちが、高速レースに対応できるのか?ということ。この問いが向けられたのなら、私は「Yes」と答えただろう。その準備(トレーニング)は、十分にできていたと思っている。
一方、学生の本心はどうだったのだろうか。それぞれの学生で違う心境だろうが、覚悟を決めて、ハイペースになるであろうレースに臨んだはずだ。覚悟と自信、不安、責務という気持ちの揺れ幅の中で、己をどうコントロールできるかが問われるレースになる気がした。それは、昨年の予選会に起因する影響が心に及ぶからである。
昨年の箱根駅伝予選会は、酷暑のレースとなり、筑波大学は暑い天候に味方されたと周囲には見られている(私がそう言及したからかもしれないが)。私たちも、もしかしたら心の奥底で、そんな印象を持っていた可能性はある。「昨年の練習は、酷暑の予選会に対応するための指標にしかならないのではないか」という半信半疑な基準値であることは否めないということだ。そんな疑心を拭い去ることができない中で、今年は、予選会に向けて準備してきた。
経験値とは、そもそも経験した以上のことは積算されない。経験値を基に指導者やチームは勝負するための方程式を導きだすのだが、スポーツのパフォーマンスは、競技の環境や条件で変わってしまう。それが厄介と言え、故に、ロードレースで戦うためのトレーニングの方程式は、経験値が高いほど信頼度を増すのである。以下は、パフォーマンスの現れ方の例である。
[選手のタイプ]×[選手の能力]×[トレーニング内容]=運動能力
↓↓↓
[気象条件]×[コース設定]×[戦術]=競技パフォーマンス
という具合に、様々な要素(要因は挙げればきりがない)が絡み合って、パフォーマンス予測が成り立つ。箱根駅伝予選会は、さらに10人(出走12人)という足し算の勝負が付加される。難しいレースだと感じる。毎年のことだが(笑)。
筑波大学の駅伝監督に就任して以来、4年間は、予選通過に足りないことを探す旅を続けていたようなものだ。そして、昨年、予選突破を果たし、やっとプラスの経験値を蓄えることができた。幸いなことに、前年のチームから抜ける戦力は、川瀬と金丸だけであったので、春にスピード走能力を強化して、前年のトレーニングを上回ることができれば、予選通過レベルに到達できる計算は成り立つと思っていた。
しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大で、課外活動は禁止。全ての計算が狂うことになってしまった。でも、これは他校も同じ。その中でどうするかが勝負の分かれ目になることは明らかだった。夏まで、私たちは、箱根駅伝予選会に向けてのモチベーション維持に努める日々を過ごしてきた。自主練習がほとんどだったので、練習のクオリティは、学生自身に委ねられた。
▼詳細は、予選会前に書いたレポートをご参照ください
2年連続で箱根駅伝予選突破を目指す筑波大学・長距離チーム~コロナ禍でも一段階レベルアップできた理由~
4月から8月初旬までの4ヶ月間のチーム活動自粛(実質は禁止)は、予選会で戦う準備をする上で、非常に厳しかった。学生たちは、ストレスやフラストレーションとの戦いだったに違いない。よく耐えてくれたし、しっかり自主練習をこなしてくれたと思う。
夏季強化合宿に入ってから、学生たちは、ほぼ全ての練習で昨年超えを果たした。チームの比較で言えば、昨年より走力のレベルアップが図られたことになる。それでもなお、自信に至らないのは、前回の予選突破で得られた方程式(経験値)が、高速レースになった場合に通用するのか、という懸念。半信半疑の域を脱せない心情はあったような気がする。そんな中で自信を持つことができたのが、9月26日に開催された記録会だった。
合宿明けで調整する(疲労を抜く)ことをせずに臨んだ1万メートルの記録会で、10人平均29分50秒という記録をマークしたのだ(不本意な走りをした学生が数人いてもなお)。予選会の後半10kmを想定した記録会だから価値が高い。昨年よりも30秒以上も良いタイムに、学生たちは、予選会が高速レースになろうが、対応できる手応えを得たはずだ。
その後も順調に調整を重ねて、決戦の舞台に臨んだ。前夜から降り続く冷たい雨と低い気温。どんな展開になるのか、悪天候がその不安を助長するかのようだ。9時35分に黒い雲に覆われた駐屯地の滑走路に向かって、筑波大学の代表12人が飛び出していった。決戦の始まりである。
西は、日本人トップを狙って、先頭集団(=日本人の)で勝負。猿橋が次位グループ、杉山・岩佐がその次のグループという戦略通りのレースを展開していた。ラップタイムは、想定よりもかなり速い。それでも対応できていたことに、安堵してレースを見守った。
ところが、大土手以下の学生が位置するグループが、想定よりも後ろになっていた。通過タイムが設定よりもかなり速いことに、納得しつつ、順位がタイムを物語ることにもなるので、周回を重ねる毎に不安が募っていく。距離が進み、テレビの速報(情報)を受け取る毎に焦る気持ちが高まっていった。
5km:9位
10km:13位(10位との差は33秒)
15km:13位(10位との差は1分20秒)
18km:13位(10位との差は1分22秒)
10kmから順位は変わらないものの、残り3kmで10位とは1分22秒差。距離が進むに従い、タイム差が広がっているのは、万事休すと思われた。走っている選手に声をかけられない状況を恨むが、仕方ない(今大会は声掛け禁止)。ただただ祈ることしかできない。
ラスト1kmを切って、西と猿橋が日本人トップ争いを繰り広げている。せめて、「どちらかが日本人トップを獲ってくれ!」「何なら日本人ワンツーフィニッシュ!」と願った。順大のスーパールーキーに敗れてしまったが、猿橋が日本人2位、西が日本人5位の大健闘。良く走ってくれた。しかし、この興奮に浸る暇などない。「予選敗退かもしれない」という不安が全身を襲ってくる。二つの感情の狭間で何とも表現しがたい気持ちで成績発表を待つことになった。
学生たちは、最後の粘りを見せていたが、残り3キロで1分22秒は決定的。おそらく12位くらいか・・・。暗い面持ちで学生たちは、全身についた泥を拭いている。学生に掛ける言葉を探せずにいる自分がいた。学生同士もそうだっただろう。
結果発表が始まった。1位から呼ばれる大学名を整列して聞いた。9位あたりの発表になると、私の横で、大土手駅伝主将が「来い!来い!」と声を出して祈っている。学生たちの気持ちを考えると、胸が締め付けられる。
運命の10位に専修大の名前が呼ばれ、筑波大学の予選敗退が決まった。
とどめを刺すように「11位・筑波大学」と発表。学生たちは泣き崩れた。その差は、僅か18秒だった。歴代6位の僅差だったという。
選手に悔し涙を流させる指導者は最低だと思っている。その最低な指導者に私がなった瞬間だった。今年度の学生たちの夢を終了させてしまい、4年生の集大成を箱根の舞台で迎えさせてあげることができなくなった。申し訳ない気持ちしかない。
敗因はあるが、そのことについて敗者が多くを語るべきではないと思っている。ただ、結果の考察はしておきたい。学生たちの健闘がよくわかるからだ。
◆総合タイム:10時間34分17秒
個人平均:63分25秒7(1km換算=3分00秒38)
◆個人成績
6位(日本人2位)猿橋 61分42秒(筑波大新記録)
9位(日本人5位)西 61分47秒(筑波大新記録)
◆15km通過順位とゴール順位の比較
・猿橋:15位⇒6位(-9位)
・西:5位⇒9位(+4位)
・岩佐:66位⇒57位(-5位)
・杉山:66位⇒66位(±0位)
・大土手:198位⇒143位(-55位)
・皆川:185位⇒145位(-40位)
・福谷:203位⇒168位(-35位)
・田川:225位⇒180位(-45位)
・伊藤:171位⇒212位(+41位)
・児玉:242位⇒235位(-7位)
※軒並み順位を上げている=よく粘った
◆各校との差
8位 法政大学とは46秒差
9位 拓殖大学とは31秒差
10位 専修大学とは18秒差
12位 中央学院大学とは-19秒
※8~12位が65秒差の大混戦
チーム平均タイムで1km換算のペースが3分00秒。これでも予選を通過できないとしたら、走った選手たちを責めることなどできない。本当に素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれたと思う。このレベルは尋常ではない。
とくに、西は終始日本人トップ集団で走り、レースの終盤には、猿橋と西で日本人トップ争いを演じた。この光景は、筑波大学史上初の快挙で、素晴らしい走りだったと思う。ともに、筑波大学新記録である(従来の記録は、西の61分56秒)。猿橋は、15km~20kmを14分30秒でカバーし、最後の6.0975kmを2分53秒ペースで走り切った。この予選会に懸けた想いの強さが表れたと言ってよいだろう。
猿橋は理工学群で学び、西は体育専門学群を一般入試で合格した学生で、ともに高校時代は無名の選手。西に至っては、高校時代に駅伝の経験がない(前回の箱根駅伝が駅伝初体験)という異色の長距離選手。そんな学生がこの日の予選会で日本人トップ争いを繰り広げてくれたことに、筑波大学の取り組みとその成果が表れ始めてきていると思える。今年、急成長を遂げた岩佐、杉山、皆川、福谷の走りも含めて、筑波大学の未来を感じる。
特筆は、皆川。一浪して理工学群に入学してきた学生だが、コロナ禍で今春の始動が3カ月遅れた。7月からの僅か3カ月間の練習で、2年のブランク(レースは2年前の高校駅伝以来)をものともせずに、63分45秒で走破したことは驚異的だ(1年生に限った順位は20位)。このような学生の出現は、筑波大学らしい気がする。
箱根駅伝は、大学の活動では、課外活動という位置づけでしかない。筑波大学も同様だが、本学は国立の総合大学では唯一体育専門学群を持つことから、運動部活動の指導は教員が担っている。それは、教育的観点というだけではなく、運動部活動が研究活動と密接に関連し、人材輩出を含めた社会還元という高等教育大学としての使命を課外活動でも果たしていく意志の表れだ。
「夢実現と目的達成」という構図で説明したい。
箱根駅伝出場は、陸上競技部と学生の夢(目標)である。国立大としては、難題となる目標に敢えて挑むことで、様々な取り組みが充実していくことを企図している。思考や実務が発展していき、人材育成のレベルアップが図られるのだ。つまり、研究活動の活性化、組織運営の高度化、学内外の組織や人の連携、知財の活用、それら様々なアクティブラーニングを経て、箱根駅伝を目指す学生に人材育成のレベルアップが図られる仕組み作りを私は目指している。それが目的になる。ここはブレずに邁進していきたい。
主体的に取り組むほどに学生のキャリアアップは進む。社会で活躍する人材の輩出を目指す筑波大学が、箱根駅伝復活プロジェクトを立ち上げた意図はそこにある。その大前提として、箱根駅伝出場と活躍を本気で目指す意志が学生(とその集合体であるチーム)に宿っていることで成り立つことを忘れてはならない。
今のチームは、その意志は最高潮に達している。でなければ、国立大が箱根駅伝予選会で戦えるはずがない。今大会での西と猿橋の高いパフォーマンスがそれを如実に表しているだろう。
卒業後に、西は大阪ガスに就職し競技を続け、オリンピックを目指す。猿橋は引退して一流企業で都市計画・開発の仕事に就く予定である。両名とも、文武両道の活動で高めた様々なスキルを仕事や社会貢献の分野で発揮してもらいたい。
それこそが筑波大学箱根駅伝復活プロジェクトの願いである。
2020年度の箱根駅伝を目指した活動は、これで終止符を打たれる。この箱根駅伝予選会敗退を機に、ほとんどの4年生が引退。チームは世代交代となり、新しいチームとしてスタートが切られる。両エースが抜ける穴を埋めるのは容易なことではないが、あまり不安(悲観)はない。むしろ、今回の悔しさをバネに、後輩たちが、どう成長を遂げるのか楽しみな部分のほうが大きい。
さらに述べておくと
筑波大学陸上競技部長距離チームは、様々な学群に在籍する学生が活動している。体育専門学群、医学群、理工学群、生命環境学群、社会国際学群、人間学群、人文・文化学群という具合にバラエティーに富む。走力にも幅があり、まさにダイバーシティなチームと言える。さて、学生たちは、どんなチームを作り上げていくのか。
私は、箱根駅伝復活プロジェクトを通して、やりたいことがたくさんあります。本プロジェクトは、学生の挑戦だけではなく、教員・指導者や大学の挑戦でもあるのです。プロジェクトの存在意義を高め、どう意味を持たせるか、私も頑張っていきたいと思います。
最後になりましたが、感謝の意をお伝えさせていただきます。
たくさんのご支援をいただいている陸上競技部OBOG会の皆様には、大会当日にオンライン会議システムを使って応援してくださったとのこと。クラウドファンディングを通して、ずっとご支援くださった皆様も応援してくださったに違いありません。多くのご支援と応援に心より感謝申し上げます。
また、栄養サポートをしていただいている本学スポーツ栄養学研究室の教員と大学院生、スポーツ科学の分野で協力してくださる本学の教員・大学院生、箱根駅伝復活プロジェクトに協力してくださる本学の多くの教職員の力添えがあって、私たちは箱根駅伝を目指すことができています。
筑波大学箱根駅伝復活プロジェクトご支援・ご協力をいただいている全ての方々に、今回の予選敗退をお詫びし、これからも全力で頑張っていくことをお誓いし、今後も変わらぬご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げる次第です。
ここから再スタートとなります。学生とともに頑張っていきます!