2021年10月23日に開催された第98回箱根駅伝予選会において、筑波大学は、10時間48分14秒の総合13位となりました。昨年18秒という僅差で本戦出場を逃した悔しさを忘れずに、努力を重ねた1年間でしたが、残念ながら予選敗退となりました。
「予選会を戦い終えて」と題して、弘山駅伝監督から詳細を報告させていただきます。
第98回箱根駅伝予選会を戦い終えて
~足りなかったもの~
筑波大学 陸上競技部
男子駅伝監督 弘山 勉
10月23日の朝7時前、陸上自衛隊立川駐屯地の門をくぐると、ちょうど山梨学院大の上田先生とお会いした。「こんなに綺麗に見えるのは珍しいんだよ」と上田先生が指差す方向に目を向けると、富士山がクッキリと浮かび上がっているのが見えた。「今日は良い1日になりそうだな」と陣地(筑波大用に準備されたテント)へ向かった。
テントに到着して空を見上げると、前日に降った雨が雑念を洗い流してしまったかのように、雲一つない青空が広がっていた。それも真っ青である。そんな青空の下で、清々しい気分に浸りながら「4時間後も同じように清々しい気持ちでいたいな」と思った。
そんなことを考えるのだから、不安に駆られる自分が混在しているのは明らかである。清々しさと不安感の配分が何とも微妙で、自分でも苦笑してしまう。
やれることはやった。あとは天が下す命運がどちらに転ぶのか、考えても仕方のないこととわかってはいる。それでも考えずにいられない心の不安定さは、強風が吹く天気予報が起因していたのかもしれない。
天気が天の気持ちだとするなら、「予選会という勝負レースで、我々は試されている」ことになるのだろう。甘い世界ではない「箱根駅伝への入り口」に相応しい予選会になるよう舞台設定が施されるということだ。
一昨年、酷暑のレースで忍耐を試され、合格した。昨年は一転して、低温・雨中の高速レースでスピード走能力を試され、18秒差の敗戦で涙を飲んだ。今年は強い風を吹かせて、一体何を試そうというのか。それが不安を助長するのだが、泣いても笑っても、その答えは10時40分頃に出ることになる。
学生たちは落ち着いているようだが、実際は、不安に駆られているはずだ。どんなに走っても、どんなに追い込んでも、自信を持つには至らない。その理由が、チーム戦であり、箱根駅伝予選会のレース方式にある。
12人が同時に走って、上位10人の合計タイムで争われるレースは、他に類を見ない(あまり実施されない)試合方式である。見えない敵との競走としては、これ以上ないスリリングなレースだけに、おそらく敵は、自分自身になるのだろう。「今日、試されるのは、これだろうな」と感じる。
高度な情報化社会となった近年、SNSまで含めると、他校の状況や直近の1万mのタイムなどが簡単に入手できる。しかし、大会当日の調子や走力までの深層(真相)は正確にはわからないもの。だから、不安に駆られることになる。
「今の俺たちは箱根駅伝予選会で通用するのか?しないのか?」
その問いが私に向けれらたなら、「通用する」と即答しただろう。戦える根拠は十分にあった。昨年・一昨年(2019~2020年)の練習実績の比較からの走力分析である。予選突破した2019年の練習は軽く上回り、惜敗した2020年をも上回る練習をしてきたのだから、予選を通過する資格は備えているはずだった。
実は、学生個人の走力やチーム力を推し測るには、これしか指標はない。他校の分析をしたところで、スパイでも雇わない限りは、深層部分までを知る術を持たない。そもそも他校の分析は、あまり意味を持たない。自校の10人が力を出し切ることに集中することに精一杯ではないかと思う。少なくとも、筑波大学はそうだ。
どの大学だって、指導者だって、選手だって、過去(の選手)の先輩・過去の自分との比較をしながら、走力を評価しているはずだ。経験的観測による指標が示され、その評価表に当てはめて考える作業が走力分析であり、その上でレース戦略を立てることになる。
それら分析を経て、筑波大学は予選突破できるという見立てをしていたし、そうなると信じてレースに臨んだ。
天気予報通りに、スタート時刻が近づくにつれ、風が強まってきた。予報では、立川市の9時=5m、10時=6m、11時=7mとなっていた。北寄りの風なので、スタート・ゴール側の直線走路が向かい風、反対側が追い風になる。かなり厳しい気象コンディションになることが予想された。
<レース推移>
強風の中、後半に追い上げる作戦を採り、一人で前を追い上げることは難しい。おそらく、想定より前の位置(集団)でレースを進める戦略の大学が多かったのではないだろうか。実際、私も学生にそのような指示をした。
▼スタート
いざスタートするも、やはり強風の影響から先頭集団のペースは速くない。例年と違い、集団の形成がスムーズではないように見えた。1周(2.567km)回って、実際に風の影響を感じることで、各選手はシミュレーションをしながら残りの距離(レース)を進めていくことになる。
1周が過ぎて、後ろの5人の位置が想定よりかなり後ろになっていた。声掛け禁止だから、ボードを使い、ジェスチャーで前に行くように促すも、結局はそのまま後方になってしまった。
▼5km
焦りを感じていると、案の定、テレビの速報で5km通過タイム(10人)が19位と出遅れていた。チームの作戦としては180位以内に全員が入ることを目指していたが、5km通過が300位を超えていては、その意識が薄かったと言わざるを得ない。私の徹底した指示が足りなかったのかもしれない。
10位とは一人当たり約5秒。まだ大丈夫だが、この遅れを取り返すのは、風を考えると大変なことだと思われた。(最終的には、この不安が的中することになる)
▼10km
小林と福谷、杉山、皆川の4人が日本人グループの第二集団に属して走っている。伊藤と平山、國井も良い感じの予定通り、と安堵するのも束の間、その後が続かない。
10km通過(10人)が18位。10位とは1分13秒差で、5kmと比べてさらに26秒広がっていた。一人当たり7秒なので、序盤としては問題ないレベルではあるが、強風を考慮すると、募る不安は増大していく。
▼15~18km
日本人先頭集団に第二集団が追いついた中に福谷がいることを確認。余裕の表情で走っている。小林と杉山がやや遅れ加減だが、表情は前向き。皆川と伊藤、平山も前を追うエネルギーが残っている感じだ。
15km通過(10人)は15位。順位は上げているが、10位とは2分29秒差に広がっている。そして、次の速報18km地点では13位に上がったが、10位との差は2分57秒と更に大きくなっていた。後方を走る学生の表情を見て、もはや、逆転の可能性は、ほぼないと思われた。
▼ゴール
福谷は日本人先頭集団で頑張っている。せめて日本人トップを!と願った(昨年と同じだな、と苦笑する自分がいた)。福谷は、結局、日本人8位でゴールした。立派! 立派!
杉山と小林、皆川、伊藤と続々と上位でゴール。70位以内に5人が入ったのは、明治大と中央大、日体大、神奈川大に次ぐもので大健闘だろう。平山も105位と頑張った。ここまでは予定通り。
しかし、その後の差が大き過ぎた。平山の後、70人以上がゴールして國井がゴールし、國井の後の松村までに、他校の50人がゴールした。フィニッシュ地点が見える位置で学生のゴールを見届けるほどに、予選敗退の現実が重くのしかかってくるようで、北風が身に染みた。
通過順を各チェックポイントの通過順位と10位との総合タイムの差を示すと以下のようになる。
松村以降の5人が300位台で最初の5kmを入っては厳しい。後ろの集団ほど、走力が低い選手が揃っているわけで、その集団が崩れやすいことは容易に想像がつく。後半は、一人で走る場面も多くなり、強風の中を追い上げるのは不可能に近い。後半に、驚異的な追い上げを見せた伊藤の位置(240位程度)が下限だったと言ってよいだろう。
予選敗退が確実視される中で、結果発表を聞いた。速報からの予想通り、筑波大学の名は13位で呼ばれた。10位との差は、2分33秒だった。一人15秒ほどの差。昨年、一人1.8秒に泣いた我々にとって、一人15秒の差は大差。惜しかったとは全く思わない。
こうして、第98回箱根駅伝予選会が終わった。予選通過できるチームだと思っていたが、そこまでの実力はなかったということが示された。強風にさらされたタフなコンディションで実力不足が、より露呈された感がある。
ここからは、私なりの考察を述べてみたい。
<予定(戦略)と結果>
走力評価から以下の3グループ(A・B・C)に分かれて、レースを進めることにしていた(あくまで予定で、臨機応変さも必要)。
A:杉山、福谷、小林、皆川
B;國井、平山、伊藤
C:松村、山本、長谷川、藤原、長井
大会に臨むにあたり、それぞれのグループで10kmまでの入りのイメージを何度もシミュレーションした。もちろん、個人の目標ゴールタイムとチーム総合タイムも計算して。その上で、10番目が180位以内でゴールすることが予選通過の目安だと考えていた。
実際、182位の國井のタイムで7番手以降が走れていれば、3分35秒ものタイムが短縮され、予選通過を果たしていたことになる。見立ては正しかったが、走力不足というより(走力不足を否定はしないが)、私は度胸と自分自身を信じる気持ちが足りなかった気がしてならない。
<大健闘の上位選手>
下表は、各校のトップ10を上位5人と下位5人で分けた場合(総合13位までの大学で比較)のそれぞれの順位である。
上位5人の平均タイム順位(総合13位までの比較)
下位5人の平均タイム(総合13位までの比較)
注目すべきは、上位5人の健闘。上位5人に限って順位をつけると全体5位で走破している点である。外国人留学生を除くと、なんと3位にまで躍進する。日本人上位5人では、明治大と中央大にしか負けていないのだ。これは胸を張ってよい成績と言えるのではないだろうか。
一方で、下位5人になると最下位に落ちる。下位5人で一つ前の順位12位で総合10位の国士舘大との差が23秒2(×5人=1分56秒)、総合順位で一つ前の大東文化大との差が34秒(×5人=2分50秒)という大きな差になっている。
チーム内下位の出来が明暗を分けたかたちだが、うちの6番手以下の選手は、これほどまでにタイムが落ちるほど弱い選手では決してない。どうしてそうなったのか?
<下位層が力を出せなかった要因>
風が強い予報なので、「予定よりも前の位置でレースを進めるように」と指示していたが、前述の通り、Cグループの5人は、300位を超えた順位で5kmを通過。本来180位以内を目指さなければならないグループがこれでは、レース戦略が存在しないことと同じだ。戦いそのものに加わっていないことになる。
強風の中で集団が崩れやすい300位台から順位を上げるのは至難の業であり、大きなマイナス要因となった。ただ、そんなことはレース前からわかっていたこと。わかっていながら、何故そうなったのか?
それは、経験不足からくるものと思われる。チーム6番手以下の7人中、ハーフマラソンのレース経験者は、4年の山本一人だけ。6人が未経験だった。さらに、大舞台のレースや優勝をかけた駅伝レースなどの経験がない学生が5人もいる。
大きなプレッシャーのかかる場面で未経験のハーフマラソン、さらに強風という条件が加わったレースに挑むのは、高い走力に裏付けられた自信がない限り、難しい。学生を責めることはできない。
<基礎からの強化が必要なチーム>
ならば、経験させればよいじゃないか!?という声が聞こえてきそうだが、筑波大チームは、そうした方法を採ると戦えない理由がある。
「高校時代の競技実績がない」のはもちろんのこと、「基本のスピード走能力が足りない」「高校までの練習量が少ない」「フォーム・動きが悪い」「筋力が足りない」など、体力を構成する要素に不足が多々あり、トレーニングの負荷を高めると怪我が多い。
つまり、いたずらに走行距離を伸ばすと怪我を誘発するばかりか、強化そのものが成り立たない。基本的な体力要素を順序だてて鍛えていかなければならない選手が多いからである。「強化計画を慎重に立案して選手を育てて、やっと戦えるチームにできる」という特性があるので、走力が低い選手は、ハーフマラソンを経験させるまでに至らない。
走力が伴わない・走力を高めない状態でのハーフマラソンの経験は、非常に薄い経験にしかならない気がして、それがハイレベルな箱根駅伝予選会のハーフマラソンにどれほど繋がるかは疑問だ。それより理論や科学などのセオリーに基づいた強化育成をするほうが箱根駅伝への近道になる。それが筑波大学の現状であり、所属する学生の特徴である。
<妥当な評価と現実>
ということを鑑み、ここで、客観的な見解を述べたい。下表は、予選会の成績と高校時代の5000mベスト記録の一覧である。
赤線は、目標としていた180位以内を示したもの。高校時代の記録からすると、8番目の松村までが180位に入ったら辻褄が合うのだが(苦笑)=高校時代に14分台は欲しいという理屈であり、予選会で通用するまでの強化育成に時間を要すという意味である。
その考察はさておき、10人の高校時代5000m平均タイムが15分01秒のチームが、ハイレベルな予選会で13位に入ること自体が、普通に考えて大健闘であり、学生たちの頑張りを評価してあげたくなる。
しかし、予選敗退を喫した今は、どんなに評価したところで、慰めにしかならない。予選会は本戦への出場権を勝ち獲る戦いである。10位に入れなければ負け。つまり、「0」か「100」(=「予選落ち」か「予選通過」)のどちらかしかない。
健闘しようが、善戦しようが、頑張りが労われようが、所詮は、0点という評価の戦績でしかない。それが箱根駅伝予選会なのである。ただ、私はチーム内では(教員として)、学生たちの頑張りを褒めたいし、「胸を張って良い成績だよ」と学生たちに伝えたい。
<怪我による戦力ダウン>
学生たちは精一杯の戦いをしたが、準備段階で誤算もあった。1万mの現・筑波大学記録保持者の岩佐や前年に箱根駅伝予選会を走った五十嵐を怪我で欠いた影響は大きかった。実際、岩佐が64分00秒で走れば予選を突破した計算になるのだから。
主力選手を欠いている大学は他にある。だから、言い訳にしかならないのは承知の上で言うと、主力選手が抜けた穴を埋めるほどの選手層を筑波大学は有していない。高校時代の記録が示す通りで、選手層が薄いチームにとっては、エース級の欠場は大きく響くのである。
また、山本は、Aグループで練習を頑張っていたが、予選会の1ヶ月前に怪我をしたことでパフォーマンスの低下を招いた。最終学年で箱根駅伝への情熱の高さ(夏にかなりの量を走り込んでいた)が裏目に出てしまった感はある。怪我さえなければ、伊藤並みの記録(63分56秒)、悪くても平山くらい(64分26秒)では走れていたはずだ。
という「タラれば」の話をするのは、少しの歯車の違いで、「100」から「0」(=予選通過から予選敗退)に転落してしまうのが箱根駅伝予選会であることを知ってほしいからでもある。
どの大学も「歯車が噛み合うように」「歯車を欠かないように」と常に気を配っているのは間違いないことだが、筑波大学は、とにかく歯車が少ない。
9月中旬まで、チームは非常に順調に強化できていたが、Aグループの二人が怪我しては、選手層が薄い筑波大学は一転して厳しい状況となる。「怪我を防ぎながら強化しなければならない大学である」という宿命をあらためて痛感する。だからこそ、セオリーに基づいた計画的な選手育成が必要不可欠なのだ。
<今後について>
今回、個人順位が日本人8位だった福谷は、関東学生連合チームに1番手で選出される可能性が高い。チームが予選敗退した悔しさを本戦で晴らしてもらいたいし、1区間だけにはなるが、桐の葉を胸に箱根路を疾走してもらいたい。伸び盛りの福谷が、残り2ヶ月でどこまで成長するかも楽しみである。
他の学生たちは、年内は、1万mの記録向上を目指すことになる。予選会で見せたパフォーマンスからは、何人もに大幅な記録短縮が期待できる。全日本大学駅伝予選会の出場権を得るために(チーム上位8人の1万mの記録で20校が権利獲得)、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせて踏ん張ってもらいたい。
最後に御礼
筑波大学が今年の予選会を突破し、箱根駅伝本戦出場を獲得することを期待していただいた皆様に、ご説明申し上げるために、このレポートを書きました。多大なるご支援と応援をしていただいたにもかかわらず、予選敗退となったこと、たいへん申し訳なく思います。学生たちも同じ気持ちです。沢山のサポーターの皆様、学内外の関係者の方々に、ご協力・ご支援・応援をいただいているからです。
このレポートが言い訳がましく感じられるとしたら、ご容赦いただくとして、内容は、私が思い、感じたことで偽りのない気持ちです。何よりもお伝えしたいのは、学生たちは、コロナ禍でも精一杯頑張ったということです。本当に集中していたと思いますし、予選突破できる力を付けていたのも事実です。しかし、足りない部分があったということです。
足りなかったとしたら、今回、天に試された「自信と度胸」だったと思います。このことについても対策を考えるとして、来年に向けては、今年の12人(エントリーまで含めると14人)から抜けるのは3人だけです。タフなレースで経験したことを上乗せし、足りなかったものを補い、来年こそは予選突破を果たせるように、これからの1年を必死に頑張っていきたいと思います。
こうして、国立大の学生が、箱根駅伝を目指せるのは、多くの皆様のお力添えのおかげです。夢を追う学生たちを、これからも応援していただけると幸いです。引き続き、よろしくお願い申し上げます。