箱根駅伝予選会に向けて 本格的な夏季鍛錬の開始!
~足並みが揃わない走り込みのスタートは
全員強化にこだわる筑波大らしさ~
筑波大学 陸上競技部
男子駅伝監督 弘山勉
今年は(今年も?)6月から猛暑日が続いた。学生たちが暑さに苦しめられながら走る姿を毎日のように見てきたが、あまりにも厳しい暑さは、長距離走トレーニングの質を高めることを困難な状況にしてしまう。「何のために頑張っているのか?」という“自分を支えるもの”を見失っては、到底乗り越えることはできない猛暑と感じる。それほどの警戒レベルに達している気がする。
暑さに対して覚悟をしたとしても、最近の猛暑は長距離走には過酷過ぎる。覚悟しないと練習を消化できないのだが、覚悟してギリギリまで頑張ってしまうと、命の危険が伴う。そのことを、学生には常に伝えていかなければならないと思う。
ふと、「猛暑と酷暑、どちらがより暑い状態を表すのだろうか?」と思ったので、ネットで調べてみたところ、どちらも気温35℃以上の日(状態)を指すらしい(酷暑は気象統計上の用語ではないとのこと)。35℃以上もある「猛暑日が続く、酷暑の夏」にどう対処するのか? 今までよりも熟慮したトレーニング処方がポイントとなりそうな気配である。
とは言っても、夏は、多くのチームが、避暑地を選んで合宿に行くはずだ。資金力に富むチームほど、長い期間の合宿実施が可能になり、合宿地が遠方になろうが、交通費のことは気にしないのかもしれない。競技力の向上は「ひと・もの・かね」次第と言われる所以でもある。
筑波大学陸上競技部の男子長距離チームは、合宿の経費を極力抑えて、多くの夏季強化合宿の実施を目論み、合宿日数を少しでも増やす努力をしている。滞在費が安価な国立の青少年自然の家を利用させていただき、その他の方法として、合宿誘致の補助金が支給される地域を選択している。夏は、そんな合宿生活が毎年の恒例である。
2段ベットが並ぶ20人部屋や雑魚寝の合宿生活は、快適と言えないかもしれないが、筑波大生は、もう慣れたものだ。いや、「その合宿生活を受け入れるしかない」というのが正しい表現かもしれないが、合宿をさせてもらえることに感謝する気持ちしかないと思う。そんな状況がわかるのか、青少年自然の家の方々は、毎年、非常に協力的で、かなり融通を利かせてくれている。本当に有難いこと。ありがとうございます!
そんな合宿が、8月10日からスタートした。利用する青少年自然の家は、標高が約1000mあるので、朝晩は、かなり涼しく、暑さによる心身のストレスがない状態で練習を積むことができている。だが、合宿のスタート時、チームの体力レベルの足並みがそろわないのだ。これは例年のことで、理由がある。
それは、1月の冬季トレーニングから始まる基礎鍛錬を経て、7月まではスピード走能力とスピード持続力の養成に特化したトレーニングをしているので、持久的な能力に個人差が生じる。8月になって、走り込みを開始しても、持久性のトレーニングを得意とするタイプと、そうではないタイプの学生がいて、且つ、元々の走力レベルに大きな差があるのだから、持久力養成の合宿で、練習レベルに差が出るのは当たり前である。
既に基礎が確立されて体力養成が進んだ者と未達の者がいて、さらには、身体能力や身体組織の特性に違いがあるのだから、全員参加の合宿では、様々な差が生じるのだ。それは、箱根駅伝の推薦入試制度のないオールカマーの筑波大学ならではだと思う。特段、嘆くことでもない。
そんな状況でありながら、全員参加の合宿を組むのは、筑波大学が箱根駅伝に出場するためには、長距離部員の全員を育てる必要があるからだ。
その理由を示すと以下のようになるだろう。
■入学当初から高い走力を有する学生はいないので、筑波大学は育てることでしか箱根駅伝を目指せない=箱根駅伝予選会で戦えない
■学生の資質(競技面)は、学生自身による育つ努力とコーチングスタッフによる育てる努力によって、後々証明される(最初から決めつけられない=全ての学生に可能性がある)
■学生の成長は、育つ環境に左右されるので可能な限り平等な機会を与える(その環境を作るのは、学生自身とコーチングスタッフの気持ちと努力)
■持久力の養成には時間がかかり、尚且つ、個人差がある⇒どの学生がどのタイミングで飛躍するかは、努力度だけではない(=身体特性と成長曲線のタイミングが絡む)。
■なので、おちこぼれを作らない⇒競技意欲が同等なら平等に扱われ、互いに切磋琢磨できる状況が維持される
■全員強化を掲げるのは、筑波大学には、箱根駅伝の推薦制度はないからだが、学生を育てるのは、どの大学も同じ。その育成力を大学の力として証明すること、それが複数ある大学の存在意義でもある。
■その育成力は、何もコーチングスタッフの指導力を指していない。学生同士による相互のコーチングが大きな比率を占めると思われる。
このような考えで、箱根駅伝を目指すことができるチームビルディングをしているので、学生のほとんどが伸びていると考えて間違いないだろう。
最近のデータをまとめてみたところ、それが示されていると思う。
上記のデータからわかるように、かなりの学生が自己記録を塗り替えている。昨年度から今年度の8月までに1500m~5000mで自己記録を更新した学生は46人中43人で、達成率は93%を超えている(未達成は1年生のみ)。その数を今年度に絞っても、38人になり、82%を超えてくる。冬季トレーニング(1月から3月に実施)でスポーツ障害(怪我)を発症した学生5人分が減となっている。
他大の数値は知らないので、誇るつもりもないが、とりあえず、1年生を除くと100%の達成率なので、学生全員を成長させてあげられていることを確認でき、安堵している。
1500m~5000mの自己記録に固執するのは、筑波大学に入学してくる学生は、基本的な体力レベルも技術レベルも低いからである。伸びしろがあったとしても、スピード持続力の基礎を固めないことには、ポテンシャルを引き出せないまま大学4年間を終えてしまう。
だから、ランニングフォームに係わる身体機能と技術を高め、基本的な筋力アップを図ることで、その後に待ち受けるハーフマラソンの強化に繋げることを目指しているのである。
そのため、8月に始まる夏季鍛錬の前に、持久力養成に、力を注ぐことができない学生が非常に多い。8月の合宿に足並みが揃わないというのは、そういった理由からである。
その影響は、10月の箱根駅伝予選会にも及ぶ。予選会において、出走選手12人の上位6人と下位6人のタイム差が大きいことが課題となっているのは、基礎が養成されスピード走能力に優る学生は、春から質の高い専門トレーニングを積むことができるので、箱根駅伝予選会までに十分な持久力獲得が可能だ。
だが、春にスピード強化を重視しなければならない学生は、持久力が足りない状態で予選会に臨むことになってしまっている。このことが、上位と下位という差となって表れてしまう要因の一つとして挙げられるだろう。
年間を通して走り込めばよいではないか、と言われそうだが、それでは、素質の芽を摘んでしまい、上級生になる前に成長が止まってしまうのである。怪我も多発するだろう。むしろ、下級生の段階で基礎鍛錬に固執しないと、戦えるチーム作りが困難であるというのが、我々コーチングスタッフの考えである。
心技体が未熟な学生に、ハーフマラソンのトレーニングを課すとしたら、ほとんどのケースで伸び悩むはずだ。基礎トレーニングを充実させて、課題をクリアし、成長曲線の上昇カーブを描かせることを目指している。その時期を早めることができるか?が、指導者の手腕の見せどころだと思っている。
ということで、基礎習得が必須の学生、まだ成長途上の学生、既に成長できた学生が混在するチームである筑波大学は、毎年、この時期に足並みが揃わない状態で合宿のスタートが切られるのだ。そこから、学生たちの切磋琢磨が開始される。
年間を通して走り込んでいるかもしれない他大に、10月の予選会で勝つため、短期間の持久力養成にせざるをえない事情があるのは、おわかりいただけるはずだが、これが陸上競技だと思う。
成長途上の学生も箱根駅伝予選会を目指す必要があるチーム状況であることを全員が受け入れ、短期間でハードな練習を詰め込むしかないのだ。非常にリスキーなことではあるが、それを承知の上で、その方法を選択するしかないのが、筑波大学なのである。
さあ、今年は、どの学生が短期間の走り込みで、あっと言わせる成長を遂げるのか?とても楽しみである。不安がないとは言わないが、駅伝監督として、学生たちの元気な活動と驚異的な伸びを生み出すことを、私自身が楽しんでいけたらと思っています。
10月の予選会で歓喜の輪を、応援いただける皆さんと作れるよう、チーム一丸となって頑張っていきます!